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カトリック教会にて感じたある寂しい思い

 投稿者:使徒  投稿日:2009年11月 9日(月)00時00分40秒
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  ある教会で工事があった。
しばらくして出来上がったのを見た。
きれいなステンドグラスがはめこまれている。
たぶん数十万はかかっているだろう。
それを見て一瞬寂しい思いがした。
「ああ、これを作る金があるんなら何十もの命を救うこともできたはずだった。」

日本はほんとに豊かな国だ。
餓死したらニュースになる。
しかし餓死が日常にある国も多い。

そのステンドグラスに光が差し込んできた。
荘厳で神秘的な眺めを司祭も信徒も称えている。
しかし何度も称えているのにはちょっとカチンときた。
古くなると建物もリフォームが必要なのはわかる。
ただ、この瞬間に死んでいってる人のことまで思い至れば・・。
カトリックの信者ならばこそ、ここでこんなに喜んでいては・・。

ふとわが身を振り返ってみた。
私も少しは献金もしている。
しかし自分の生活に支障の無い程度だからできるだけであって、自分や家族の生活を犠牲にしてまではやれない。
結局、頭の中では立派なことを思っていてもできることはせいぜいその程度。
大差は無いんだと・・

閣僚中でダントツの資産を持っている人が「友愛」と言う。
そのことの恥ずかしさを少しは自覚してもらいたいものだ。

〜みんなの党の支持を広めよう@神戸〜

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